瞬間的妄想記録

目が覚めた。女はいない。

冴えない生活だ。

仕事以外は特に人とも関わらず

これまでは休日はいつも自室で暮らしていた。

ここ数ヶ月で公園で本を読むのが休日の日課になりつつあった。

本屋にはあまり行かないのでネットで電子書籍を買って読んでいる。

格別好きなジャンルがある訳でもない

推理小説、SF、恋愛小説、ビジネス書、啓発本、何でも読んでいる。

その日は小説を読んでいた。いつか何かの賞を取っていて名前だけは覚えていたのをたまたま見つけたのだ。

「小説、お好きなんですか」

自分に向けられた言葉と理解したのは声の後に女が隣に座り出してからだった。

歳は20前半だろうか、同い年にも見える。

公園で本を読んでいる男に話しかけるなど

物好きも居たものだと思った。

人と話すのは久しぶりだった。

仕事云々はともかく、雑談と呼ばれる行為が久々で楽しかった。

女は本が好きだと言った。近くに住んでいて、公園へはたまに来るのだそうだ。

もしかしたら何回か見かけたこともあったのかもしれない。

家に書斎があると話すと、思いのほか食い付いた。見たいと言うので連れて帰ることになった。

人を招くなど久しぶりだったが、幸い数日前に掃除していたので慌てることは無かった。

女は書斎の本を食い入るように見ていた。

時々取り出して数ページ開いては表情を変える様に気付けば頬が緩んでいた。

居間に戻り談笑していると、時折疲れた様子を見せた。

寝室を貸すかと尋ねると女は頷いた。

灯りを消して寝室から出ようとすると呼び止められた。

その気がなかった訳ではなかった。

それでも歯止めを効かせていたものが女の声で弾けた。

目覚めた。女はいない。

念の為部屋の中を確かめると、通帳と印鑑が消えていた。

スマホを開く。

女の鞄に付けておいたGPSを確認すると、

そう遠くへは行っていない。

通りまで出てタクシーを拾う。

すぐに追いついた。

後ろから呼び止める。

事情を話し鞄を改めさせて貰う。

抵抗はなかった。

通帳もなかった。

お詫びにとカフェに誘った。

付いて来た。

結局話すことといえば変わらなかった。

本の話、思えば女とはこんな話しかしていなかった。

それでも女は楽しそうに笑っていた。

会計を済ませ、席に戻る。別れ際に礼を言われた。礼で返した。

男と離れて数分後、女は初めて笑った。

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